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神戸地方裁判所 昭和47年(行ウ)18号 判決

原告 的崎修

被告 伊丹税務署長

訴訟代理人 細井淳久 風見幸信 中川平洋 ほか三名

主文

1  被告が原告に対して昭和四五年一二月一五日付でなした原告の同四二年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3の各事実(本件各処分の経過)は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各処分の適否、即ち原告が本件係争中年内に支給を受けた本件退職金二、〇〇〇万円が給与所得たる役員賞与と認定されるべきか否かについて判断する。

1  まず、右金員の支給がなされるに至つた経緯ないし背景的事情について検討するに、大正金属は、船舶用冷凍装置の製造販売等を営業目的とし、三輪嘉晟を代表取締役として昭和二七年六月二六日に設立された株式会社であるが、その前身は右嘉晟の父主一が戦前に創立した大正金属工業所なる個人企業であつて、松川光夫は同一七年五月に雇傭されて主に事務方面の業務に従事し、原告は同二二年三月に雇傭されて主に技術方面の業務に従事していたところ、右工業所が前叙のごとく会社組織となると同時に、松川が代表取締役に、原告が取締役に就任し、同二八年六月二六日両名とも役員を退任したが、引続き同会社の株式を所有しつつ勤務し、同四二年一〇月二六日再び取締役に就任して現在に至つていることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠省略〉を総合すると、

(1)  三輪嘉晟は、父主一が死亡した昭和二五年四月当時はまだ学生であり、大正金属が会社組織となる少し前の同二七年四月大学卒業と同時に技術者として日本板硝子株式会社に入社し(この点は当事者間に争いがない。)、同三四年三月までは四日市工場、同四〇年四月までは本社(大阪)、同四三年末までは舞鶴工場、それ以降は再び本社というように、大正金属の所在する尼崎市より離れた職場を転々としたため、亡父の創業した大正金属を引継ぎ、別表(二)にみるとおり終始筆頭株主(概ね発行済株式総数の三五パーセント前後を所有)であり、かつ代表取締役の地位にあつたとはいつても、会社経営者としての仕事は自ら時間的・地理的に制約された非常勤という変則形態をとらざるを得ず、また嘉晟の母みどり及び妹和子はいずれも大正金属の取締役であり、嘉晟に次ぐ大株主でもあつたが、両名とも現実の経営に参画するわけではなく(和子は同二七年四月以降田中干代服装学園で洋裁教授をしていた。)、三輪一族の中には他に会社経営に従事する者はいなかつた。

(2)  こうした事情や、大正金属が別表(二)のとおりの発行済株式総数及び資本金、別表(四)のとおりの従業員数を有する小規模の会社であつたところから、勤務経験の長い松川及び原告が昭和二八年六月役員を退任した後も、同会社の経営に関する諸業務を三輪嘉晟から委託されて実際上これを遂行することとなつた。即ち、松川は、嘉晟から代表取締の印を預り番頭格として信任され、大幅にその権限の委譲を受けていたもので、受注、契約締結、資材購入、集金、銀行取引、一般工員の採用・配置・給与額等の決定等主に営業・経理・外交面を担当し、原告は、受注、契約等については技術の点から松川を補佐するとともに、第一種冷凍技術者として冷凍装置等の計画・設計、外注管理、製作、据付試運転等の責任者となり、外業・技術面の中枢を分掌した。もつとも、重要事項の決定や松川らを含む職員の採用、給与額等の決定は、三輪嘉晟が自ら来社し、もしくは電話等で指示を与えていた。

(3)  大正金属の営業実績の推移は、別表(六)のとおりであるが、殊に、昭和三八年六月松川の外交によつて川崎重工業株式会社より受注したバナナ輸入船二隻の冷凍装置について原告が生産責任者として現場の指揮をとり製品を完成させ、納入先から好評を博したことにより、同三八年一二月一日から翌三九年一一月三〇日までの営業年度の利益金は前期の六倍にも伸長し、その後同種装置の受注、納入によつて翌二営業年度にわたり利益金がそれぞれ倍増する躍進を遂げるに至つた。ここにおいて松川及び原告は会社の大功労者と認められ、別表(四)、(五)に明らかなごとく、大正金属設立後その給与月額は他の職員に比較してもその職業柄高いものではなかつたが、同三九年に大幅な引き上げをみ、翌四〇年には賞与も倍増されて同年以降両名の給与・賞与額は均一額とされ、嘉晟のそれに比肩し、あるいはそれを凌駕するに至つた。

以上の事実が認められる。原告本人尋問の結果中には右認定に反する部分もあるがそれは措信しない。他にこの認定を左右すべき証拠はない。

そして一方、昭和三八年の好況到来より、松川と原告との間で、営業面、技術面で種々意見の相違を生じ、特に同四〇年頃からは両者間の確執が深まり、三輪嘉晟の岳父西郷享が同四二年五月顧問として就任し、やがて同年八月同人が常勤の代表取締役となるに及んで、松川らとすれば永年の功績が正当に評価されていないことへの不満、西郷とすれば松川らに経理上の不正や労務管理面の不備があるのではないかとの疑心が生まれ、次第に三者間で内部抗争の様相すら呈し、そのことが一因となつてその頃松川、原告が相次いで辞意を表明するに至つたことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉を総合すれば、辞意表明を受けた嘉歳、西郷は、早速会社経理の内容を調査させてその不正なきことを確認し、もし松川と原告が一挙に欠けることにでもなれば会社の命運に致命的な影響を及ぼすことにもなりかねないことを憂慮し、この際は両名を慰留し、その永年にわたる貢献に報いるため、両名の使用人時代の退職金を打切支給して使用人としての退職を認め、同時に常勤役員として昇格することとし、その旨両名に要請したところ、両名はこの申し入れを容れ辞意を撤回したこと、そこで右退職金の支給額を嘉晟、西郷において協議した結果、松川につき二、三〇〇万円、原告につき二、〇〇〇万円とすることに決し、株主総会の決議を経て、両名の取締役就任の前日にこれを源泉徴収のうえ支給し、会社内では退職給与引当金の戻入れをして損金経理したこと、松川及び原告のかかる再度の取締役就任の前後を通じてその職責、職務内容に格別の変化はなく、給与もその前後数か月間(同四二年七月から同四三年二月まで)同額であつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠は存しない。

2  およそ、給与所得は、居住者が雇傭関係又はこれに類する関係に基づく労務提供の対価換言すれば従属労働の対価として使用者等から受ける給与にかかる所得であり、定期・定額で支給されるものたると不定期に支給されるものたるとその形態を問わず、また俸給、諸手当、賞与等その支給の名称のいかんを問わないのであるから、前記1の諸事実に照らし、本件退職金がかかる実質を有する給与であるか否かについて検討を進めなければならないのであるが、被告は、原告が法人税法施行令第七条第二号に定める「同族会社の使用人のうち、その会社が同族会社であることについての判定の基礎となつた株主であるものでその会社の経営に従事しているもの」に該当するから、法人税法第二条第一五号により同法上の役員であつたと主張するので、まずこの点について考える。

同族会社の要件(株式会社の場合)について同法第二条第一〇

(イ)  株主の三人以下及びこれらの同族関係者が所有する株式の総数がその会社の発行済株式総数の一〇〇分の充〇以上に相当する会社

(ロ)  株主の四人及びこれらの同族関係者が有する株式の総数がその会社の発行済株式総数の一〇〇分の六〇以上に相当する会社

(ハ)  株主の五人及びこれらの同族関係者が有する株式の総数がその会社の発行済株式総数の一〇〇分の七〇以上に相当する会社のいずれかに該当するものと定め、さらに同法第三五条第五項、同法施行令第七一条第四号によると、同族会社の役員が同族判定株主であるときは、その者に支給した賞与は、同法第三五条第二項にかかわらず同条第一項の原則により損金に算入されないことと定められている。同族会社についてかような法規制をなした趣旨は、同族会社は一般に少数の株主により支配され企業所有と経営が結合されているため、会社経理が少数株主によるお手盛により比較的自由に操作できるところから、法人税の負担を不当に軽滅する現象がみられることが少くなくこれを規制する必要があり、また同族判定株主である限り自己及びその同族関係者の議決権を通して会社の配当や営業に関する意思決定に支配権を及ぼす可能性が強いためにその者に対する賞与を本来の役員に対するそれと同視し損金に算入しないようにすべきであるとの見解に由来するものと考えられる。他方、同法第二条第一〇号にについて考えると、前記(イ)ないし(ハ)の同族会社の三つの要件についてはその基準適用の順序ないし相互の優先劣後の関係を定めていないのであるから、持株数の多い株主から着目してその持株割合を検討し、右(イ)の要件を充す場合には同族判定株主をばその要件に該当する最少限の少数株主に限定しているものと解すべきではなく、その場合であつても、右(ロ)又は(ハ)の要件のいずれかに該当する同族会社の同族判定株主もまた、会社の経営に従事している限りすべて同法上の役員に該当するものと解するのが前記主張の趣旨に合致し相当と認むべきである。しかるところ、前記争いのない事実によれば、大正金属の役員らの昭和三八年六月三〇日及び同四二年一〇月一日当時における持株数の発行済株式総数に対する割合は、三輪嘉晟三六・八三パーセント(三六・七五パーセント)、三輪みどり二七・五〇パーセント(二六・六二パーセント)、三輪和子二七・五〇パーセント(同)、松川光夫四・八七パーセント(四・八三パーセント)、原告三・三七パーセント(三・三三パーセント)であるから(かつこ内の数字は同四二年一〇月一日当時のもの)、大正金属は、前記二つの時点において、三輪一族三名によつて判定される前記(イ)の同族会社であるとともに、原告及び松川を含めた五名によつて判定される前記(ハ)の同族会社でもあると認むべく、原告及び松川もかかる同族会社である大正金属の同族判定株主であるといわなければならない。そして前認定事実就中、大正金属の営業実績の推移とこれに伴う原告らの月額給与の変動によれば、原告は松川とともに、会社内における地位、職務、それに対する会社の待遇等からみて既に昭和四〇年頃には同会社内における支配層たる地位を確立していたものと認めるのを相当とするから、その頃には前記法条に定める「経営に従事している者」として法人税法上の役員となつた、というべきである。

3  そこで、前叙のごとく原告が再度取締役に就任するに際し、その前日に使用人時代の退職金として支給された本件退職金が役員賞与であるか否かを審究するのに.原告は定期の給与を受けていたのであるから法人税法第三五条第四項により、退職給与でない限り役員賞与と認定されることとなるけれども、それが名目どおり退職給与であるとすれば、法人税法上は損金経理が認められるとともに、所得税法上は、給与所得とは別の所得類型である退職所得となり、給与の一括後払の精算を有するとしても、それが一括してまとめて支給され、老後の生活の糧となることに鑑み担税力は低いものと考えられるから税負担の軽減を図るため、課税標準の計算上他の所得と総合されず、退職所得金額として独立した課税標準を構成し、他の所得類型とは区別された税率が適用されることになる。

この点について、被告は、原告は前記金員の支給を受けた前後を通じ大正金属を退職した事実はないから本件退職金が退職給与に該る筈はないと主張する。なるほど、退職給与は、本来、退職により一時に支給を受ける給与であるから、引続き勤務する者に対して支給する給与は退職給与に該当しないの建前であるけれども、世上一般に、会社の使用人から役員に昇格し引続き勤務する者に対し、使用人としての雇傭関係を終了させ使用人であつた勤続期間に対応する退職金を支給し、その支給後に役員として在職した期間に応じ支給を受けるべき退職金を計算するにあたつてさきの退職金の計算基礎となつた勤続期間を一切加味しない条件の下にいわゆる打切支給する事例も稀ではなく、かかる場合には、社会通念的な退職と観念される事実がないからといつて、その故に前叙のような課税の特例を受くべき退職給与であることを否定すべき理由はない。また原告は右退職金の支給を受ける約二年前には、既に実質的には使用人としての雇傭関係は終了し役員たるべき同族判定株主となつたものと認められることは前述のとおりであるが、右金員がその時直ちに支給されなかつたからといつて、そのことの故に退職給与たる性格を全て失うと解することもできない。その主張は採用できない。

こうしてみると、本件退職金は、その名目どおり、退職給与たる一面を有することは否定できないというべきであるが、そうであるからといつて、右金員の全部が退職給字であるとする原告の主張については、前記法人税法の規定の趣旨に照し、更に検討を要する。二、〇〇〇万円という本件退職金の金額が、大正金属の従業員退職給与規則に従つて原告の場合につき算定した金額(約二六〇万円)の八倍弱に相当することは原告も自認するとおりであり、大正金属と業務、業態(規模の類似する他の同族会社の通常の退職金支給事例を直接的に認めさせる証拠はないが、〈証拠省略〉によれば、関西経営者協会が昭和四二年七月現在における従業員五〇〇人末満の同会会員会社五四社の従業員退職金の水準を調査したところによると、勤続年数二〇年の大学卒(事務系及び技術系を含む。)の場合、高卒(会社都合退職など)支給事例でもその平均値が一三六万四、七〇〇円、最高値が二三九万八、〇〇〇円であることが認められる。かかる事実に鑑みると、大正金属が個人経営から法人組織へ移行した際に原告が退職金を受けていないことや、同人の使用人時代の功労等この点に関し原告が指摘する特殊事情を参酌しても、本件退職金を支給した大正金属のなした退職金の金額の選定は利潤の最大化を目指し、その目的を達成するように行動する営利法人の行動選択としては合理性を欠き使用人の退職給与としては不相当に高額であるといわなければならず、前認定事実に照らせば、本件退職金中、原告の場合につき客観的に存在する相当な使用人退職給与の額を控除した残余に限つて、従前の功労に報いるため臨時的に支給された役員賞与と認むべきである。

4  しかるに、原告の場合につき客観的に存在する相当な使用人退職給与の額について被告は何等の主張も立証もしないのであるから、役員賞与と認定されるべき額も確定できない次第であつて、結局、本件退職金全部が役員賞与であることを前提とする本件各処分は全部違法として取消を免れないといわなければならない。

三  よつて、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松浦豊久 篠原勝美 菊地健治)

別表〈省略〉

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